第5章 乳児期の発達:アタッチメントの形成
5-1. アタッチメントとは
乳児が強い不安や恐れを感じたときに特定の人に近づき、それを維持しようとする心の働き
アタッチメント行動の対象は生まれて成長していく中で徐々に明確になっていくものと考えられる
乳児は生まれたときから周囲の人間の関心を引きつけるような行動をしている
人の顔をじっと見たり、人の声のする方向へ顔を向けたり、手を伸ばしたりする
空腹、排泄で泣き始める
こうした行動は生まれた当初はあまり人を選ばずに生じる用に見えるが、徐々に対象が限られるようになり、生後6ヶ月くらいになるともっぱら養育者に対して行われるようになる
生後7, 8ヶ月以降、はいはいで自力移動が可能になると養育者に自分から近づいたり後を追ったりするようになる
アタッチメントの対象が養育者に向けられるようになっていくプロセスには、養育者の乳児に対する日常的な養育行動が関わっている
周囲の人間の関心を引きつけるような行動を取り、適切な養育をしてもらえば、結果的に乳児の不快さや不安が減り、快や安心感が増す
この繰り返しが相対的に多い人間がアタッチメントの対象となっていく
乳児の快―不快は食欲や排泄処理などの生理的な欲求によるものだけではない
「人は本質的に対象希求的で、誰かとの相互作用を求め、楽しむという、生まれながらの性質を持っている」(数井, 2005)
乳児はコミュニケーションを求めて人の顔を見たり顔を向けたりすることもある
5-2. アタッチメントの働き
5-2-1. 乳児の好奇心や学びを支える
人間の乳児の心理的な特徴として、好奇心や探索心が強いことが挙げられる
問い合わせ行動, 社会的参照: 危ないものや心配なものに出くわすと、乳児はすぐさま養育者のところに戻ったり、養育者の表情を見たりする これは安心感が得られるアタッチメントの機能にほかならない
乳児の心理的特徴としてはこのほかに模倣が挙げられる
他者の動作や行動をまねてものを覚えていくが、養育者と一緒だと生じやすいことが示されている
口や下が動く人間のお面を用意し、乳児に見せたときにどのくらい舌出し模倣や微小が起こるかを、母親共在、母親不在、未知の人共在の3条件で調べた
生後3ヶ月以降の乳児は母親と一緒のときに舌出し模倣をよくすることが示された
微小は生後1ヶ月では誰と一緒でも余り出現しないが、3ヶ月になると誰に対しても同じようによく笑うようになり、7ヶ月では母親と一緒のときに最もよく笑うようになる
まねぶ力もアタッチメントによって支えられている
5-2-2. 子どもの発達を支える
アタッチメントの対象が絞られていく中で、子どもの心の中に形成されていくものがある
養育者に働きかければ望んでいる方向へ事態が向かうという感覚が持てないと、適切な応答を引き出す働きかけは生じにくくなる
他者に対する基本的信頼感: コンピテンスが主体としての自信であるのに対し、自分が働きかけさえすれば、その対象となっている人は基本的に自ら望んでいる方向へ事態を動かしてくれるはず、という意味での信頼 養育者との関係の中で形成された他者に対する基本的信頼感は、上述したソーシャル・コンピテンスとともに、養育者以外との人間関係を形成していくうえでの基礎となりうることが指摘されている
5, 6歳になるまで社会的に隔離された状態で育った姉妹の事例(→第1章 発達とは)では、1972年に発見された当時、心身ともに1歳児程度に過ぎなかったが、献身的な努力によって急速に成長・発達を遂げることができた(藤永ら, 1987) 担当保育者に対するアタッチメントの形成が、その後の仲間関係や他の保育者との関係を形成する礎となり、社会性や言葉の発達も急速に進んだことが報告されている
5-2-3. 内面化されるアタッチメント
2, 3歳になるとアタッチメント対象に近づき、それを維持しようとする行動傾向は減少してくる
幼児期に入ると、養育者から離れて行動する機会も増え、子ども自身も自立や自律が周囲から期待されていることを認識して、それに応えようとする
表象能力が発達してきて、不安な状況に置かれたときに、目の前に養育者がいなくても、養育者とのやりとりを心の中でイメージすることで情緒的な安定が得られるようになる(数井, 2005) アタッチメントに基づく行動は心の中に取り込まれ、人間関係に関する認知的な枠組みが形成されていく
内面化される過程で移行対象と呼ばれるものが出現することがある アタッチメントの対象となっているかのような行動を示すものを持ち歩く
5-3. アタッチメントの個人差
5-3-1. ストレンジ・シチュエーション法
アタッチメントの個人差
乳児が欲求を満たしてもらうために関心を引きつける行動をとっても最終的に欲求が満たされるかどうかは養育者がどのような養育行動を取るかにかかっている
養育者がどのように捉え、どのような養育行動を取るかで、乳児も行動パターンを調整していかなくてはならない。
ここに個人差が生まれる
見慣れない場所で親子を分離させ、見知らぬ人と会い、親と再会するというマイルドなストレス場面を子供に与え、そこでの子どもの行動が全体としてどう組織化されているか評定することで形成されたアタッチメントの型を把握する
8つの場面からなる
5-3-2. アタッチメントの3タイプ
エインスワースによるとこうした行動の組織化の個人差は養育者との分離場面と再会場面において顕著に見られる
分離場面と再会場面の2つの組み合わせから3タイプがあるとした(Dタイプも指摘されている)
分離場面において泣いたり混乱を示すようなことがほとんどなく、再会場面でも嬉しそうな態度を示さず、親から目をそらしたり、親を避けようとする
分離場面においてぐずったり、泣いたりと多少の混乱を示すが、再会場面では積極的に身体接触を求め、うれしそうに親を迎え入れる
分離場面で適度の不安や抵抗を示すが、再会場面では親に強く身体接触を求める一方で、親に対して強い怒りを示すなど、相反する行動が見られる
SSPで見出されるアタッチメントの型の中でも近年臨床的に注目されている
SSPでのアタッチメント行動に関連する養育者の特徴としては、乳児の欲求そのもの、乳児が発する声や泣き声、表情などのシグナル、この両者に対する感受性が挙げられる
5-3-3. Dタイプ(無秩序・無方向型)のアタッチメント
SSPで見出されるアタッチメントの型の中でも近年臨床的に注目されている
Dタイプでは接近と回避という矛盾した行動が同時的、継時的に生じる
顔をそむけながら接近(同時的)
養育者にしがみついたかと思うとすぐに床に倒れ込む(継時的)
Dタイプに該当する子どもの養育者の特徴としては、抑うつ傾向が高かったり精神的に極度に不安定だったり、子供を虐待したりするなどが挙げられる。
5-4. アタッチメントの連続性と世代間伝達
5-4-1. アタッチメントの連続性
順にBタイプ(安定型)、Aタイプ(回避型)、Cタイプ(アンビバレント型)、Dタイプ(無秩序・無方向型)に理論上は対応
乳児期と青年期のアタッチメントの一致に関してははっきりとした結果が出ているとは言えないが、多くの研究で乳幼児期以降の発達過程における養育環境の変化によって、アタッチメントが影響を受ける可能性が示唆されている
虐待を含む子供が不遇な目に合う可能性のある要因を数多く含む家庭にいる場合をハイリスク、そうでない場合をローリスクとしている
リスクの高いサンプルでは離婚や死別、親の薬物中毒やアルコール中毒、虐待など、養育環境の悪化を相対的に経験しやすく、そのため、アタッチメントが変動しやすいものと考えられる
5-4-2. アタッチメントの世代間伝達
乳幼児期のアタッチメントの個人差が生まれる要因の一つとして、養育者自身のアタッチメントの型が考えられている
養育者のアタッチメントの型が、養育行動ややり取りを通して、子ども自身のアタッチメントの形成に影響を与えるという世代間伝達の問題
養育者側のAAIの結果と子供側のSSPの結果との一致度を調べる形で研究
伝達のメカニズムは必ずしも明確ではない
子どもの気質との関連も指摘されているが、これについては議論が別れており、結論は出ていない(遠藤, 2003) アタッチメントを踏まえた親の養育行動や子どもとのやりとりに介入する手法が開発されている
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